哀愁の町に霧が降るのだ 青春がここにはある
青春などと聞くと、恋だとか、女だとか、なんだか甘酸っぱいものを想像するかもしれないが、この話にはほとんど女の話がでてこない、でもそんなものなくたって男だけの甘い青春がここにはある。
あとがきに茂木健一郎が書いてあってが現代は青春がなくなったといっている。
なにごとも効率化され、賢い生き方だけを学び、お金を儲けることだけに突っ走るために僕たちは教育される。こんな世界ちっとも面白くない。
勝新太郎はこう言っている。
「ムダの中に宝がある」
ムダが排除された世界は味気なく、なんか寂しい。
インターネットにより、世界は筒抜けになった。すべての生活が見えることでなんだかつまらなくなった。
つまらない。退屈。こんな感情が現代人は渦巻いている気がする。
この本の中心は5人の男が共同生活することが中心に描かれている。
平凡な毎日をただグダグダと過ごす。でもそんな日常でもいろいろなことが起きるし、その小さなことが面白い。人間の生活でそんな面白いことはそうそうない。
でも平凡な生活にこそに幸せを見出すことが幸福になる手っ取り早い方法だなと思う。
この5人のように毎日を暇を持て余す生活こそ人間の根底の生活なんではないか。
無駄は省く、ただ近道をして生きる。
それじゃおもしろくない。
回り道して、無駄なことをして見える景色もある。
道中の景色を楽しむのもありだと思う。
日々の生活に追われ、なんだか味気ない毎日になっているあなたに。
若いころのなんだかよくわからないが、夢にあふれてた頃を思い出すために。
ぜひ。
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四月は君の嘘 すげえアニメが日本にはたくさんありますな。
ピアノとバイオリン。
音楽を通して行われる会話。恋。
音楽と恋がミックスされた物語でした。
めちゃくちゃおもしろい。
音楽の楽しみ方、表現の仕方がすごい。ピアノの音に広がる気持ちが刺さる。
とても心地のいいピアノが広がる。
ピアノの天才ゆえの悩みが主人公を成長させる。天才ゆえに周りに影響を与える。
憧れの対象にされ、周りの人間を巻き込む。
そこから自分も成長し、周りも成長する。
言葉で気持ちを表現することはなんだかチープなんだなと感じる。
なにか言葉ではうまく表せないことが絶対に心にはある。
言葉ってのはツールであって気持を上手く言葉に乗せるのは難しい。
でも音楽に気持ちを乗せて表現することは言葉を使わないけど、なぜか心には響く、伝わる。
人の心を表現する方法は言葉以外にたくさんあって、モノに心を憑依させる行為は人間の素晴らしい行為なんだと思う。
言葉ではなんだか軽い。
音の言葉と、字の言葉では響き方は違う。
音はダイレクトには伝わるけどずしりとは刺さらない。
でも字で表すことでなにか創造力みたいなものが乗ってパワーが増す気がする。
人はそれぞれ違うから他人の考えていることってわかるはずがない。
だから相手の気持ちに少し余白を残すような表現がいいのかもしれない。
押しつける表現はただ自分の自己満足でしかない。
相手の創造する力を生かしておかなければならない。
考えさせなければいけない。
だからアニメとか映画とか本とか良いよな。
自分の想像する世界と映像の世界観が自分の中にある世界とマッチングした時、幸せを感じる。
その目に見える世界が、自分の中に生き続ける気がするんだ。
創造が人間を豊かにするし、優しくしてくれる。想像力はとても大切なものである。
心をおろそかにするのはよくない。
なんだか現代は人間が作り出しツールに踊らされて心が置いてけぼりにされてる気がしてならない
日本という国の価値観とは
やっぱり日本は失敗を許されない国ですな。
不倫などいろいろ問題が今年に入って出てきているがとてもいい人という感じの人にそういうことが起きている。
ポジティブな人が少し悪いことをする、もう完全に善が悪に一気に色が変わる。
だが悪そうな人が少しいいことをするだけで黒がだいぶん明るい色に変化するなぜだが
悪そうな人だけど根はいい人だねということになりがちである。
コスパでいったら完全に少し悪いほうが生きるのが楽である。
いい奴が少しでも悪いことしたって別にそれで腹黒いやつとはならないはずだが、
現実はなぜだかうわべはいいやつだけど、根は悪い奴かもなってなるんだよな。
なぜだがそんな見方が身についている。
日本特有の問題だろうか。
あまりにも失敗に対する許容の範囲が狭すぎる感じがする。
就職も失敗するだけでもうその後の人生はもうお先真っ暗ってなってしまう。
だれか安心感をくれよ。
日本の価値観はとてもいいものもあると思う。
だが一人一人の価値観が揺れすぎていて、みんなが生き方に悩んでいる気がする。
日本の考え、宗教というものはなんだかわかりずらい。
今のこの時代たくさんの価値観であふれまくっている。
だからメディアとかの価値観にすぐ流されてしまう。
日本が好きです、好きです宗教ができあがってしまう。
そしてお金という分かりやすいものに行ってしまうんだよな。
なんだか日本好きなのはいいけど全然日本の国ことは考えてはいないと思う。
漠然と日本がいいですーってな気がする。
もっと自分で吟味して考えていかないとなにか大きなものに飲み込まれてしまう気がすんだよな。
日本の映画はどうして落ちているのか?
日本の映画のレベルが落ちているということで。
僕は日本の映画も好きだし、海外の映画も好きです。
日本の映画には日本のいいところがあると思うし、海外には海外のいいところがあると思う。
今の時代映画はパソコンでもスマホでもすぐに見ることができる。
手軽に見れるというのが映画だと思う。
でも昔は映画に対してのワクワク感があったし、あの大きなスクリーンで見ることに大きな価値があったと思う。
映画は大きスクリーンで見るものから手軽に見れるものに変わってしまった。
そこには見る人の態度の変化があると思う。
今映画館で見る人は新作を楽しみにして映画を見るか、映画が好きなでたくさん見ている人くらいしかいないと思う。
テレビやcmで大きく宣伝されている映画が気になって見に行く。
そういう人は多いと思うが、ほんとに映画が好きでいろんな映画を映画館で見るという人は少ないように思える。
ましてや若い人は見に行く人は少ないと思う。
僕の周りでもほんとに少ないように思える。
もっと映画を見ることでいろんな感情を受け入れることができると思う。
いろんな映画に触れないから、いい映画なんてわからないし、
ましてや映画館に足を運ぶ人も少ない、映画を楽しみにしている人も少ない。
そんな状況だからこれから若い人からいい映画監督は出てくるんだろうか。
若い人の感情が劣化していってるのではないか。
しかも流れ的に原作を映画化が多い。
それに興味を向ける人は多いがほかに興味を向ける流れが今ないように思える。
もっとおもしろい映画を欲しがる雰囲気が欲しい。
ムヒカ大統領の言葉を聞いて感じたこと。
ホセ・ムヒカ大統領が来日して講演をしていた。ニュースで見た人も多いと思う。
この人はたくさんの名言を語っている
世界でも有名だと思うが日本でこんだけ注目されているのは今の日本人にとてもダイレクトに刺さる言葉だと思うし、日本人が今なにか少しおかしなことになっていると気づいた人もいるからだと思う。
テレビではこの人の話を聞いて涙を流している学生もいた。
成長なき日本でたくさんの問題があって、なんだか生きづらさが浮き彫りになっているんだと思う。
結局もう日本には成長はなくて、いらないものを売ったりしてとりあえず経済的に成長しなければならないから苦しいと思うこともあるんだと思う。
お金が必要だからいらないものを売る。
日本は豊かになりすぎてもう売るものがないんだよ。
みんな身の回りは物で溢れかえっている。
なのにモノを売り続けないといけない。
だって資本主義にもう完全に飲み込まれてしまったんだ。
成長しなければいけないんだ。
それが資本主義社会というものだ。
成長しなければいけないのにもうこの社会では成長しきってしまったというジレンマに苦しまれてるんだと思う。今の日本は。
ムヒカ大統領は日本はあまりにも西洋化しすぎていると言っていた。
日本の国の文化を忘れてただ西洋を追っかけている。
だから日本独自の物やサービスをもっと考えないといけないと思う。
このままでは日本という国が消えてしまいそうな気がする。
これから日本は高齢化していく。確実に日本はさらに変化していくことだろう。
そのために何ができるか。
お金をただ追っかけるだけじゃなくて、もっと社会にできることを考えて少しでも個人になにかしらの力をつけるべきではないだろうか。
日本人の心というのがどこかに取り残されているんじゃないか。
資本主義という社会に心を飲み込まれているんではないか。
そのことにみんな気づき始めている。
リップバンウィンクルの花嫁を見て。
なんだかとても不思議な映画だったなと。
映画自体の世界観がとても好きになった。
そして黒木華という女優が大好きになりました。
この人まじで半端じゃない。
童顔な顔していて、ぷにぷにしてるのがとってもいい。
でも場面場面で表情が全然違う。いろんな顔が見れる。
きっとこの映画を見たら黒木華という人が大好きになると思う。
主人公はいろんな出来事に出会いながらも必死にその日を生きていた。
きちんと丁寧に。一生懸命に。
出来事に対しての重みだとか、濃さってのがなんだか最近軽くなってるし、薄くなっている気がする。
それは情報だとかsnsだとかですべてが筒抜けになってるのが問題なんだと思う。
そんなことにも少しでも違和感を抱えながら彼女は日々生きていた。
でも淡々と生きてればどこかで自分の幸せに出会えることができると思う。
彼女はどこかで自分の幸せを少しでもつかむことができたんだと思う。
僕がこの映画で印象的だっったのはAV女優の女の子と出会ったとき
彼女が語った言葉だ。
「私は幸せの限界値が人より低いんだ」
幸せはもう身近に溢れすぎていて、もういっぱい受けてる。
誰も知らない人が自分のために働いてくれる。
そんなことでも自分の心が耐えられない。
なにが幸せかほんとにわかんない。
自分は相手にとっていいことをしたと思っていることでも相手はどう思っているかわ全然わかんない。
人間と人間は分かり合えることはにない。
ちょっとした想像力。これが必要なんじゃないかな。