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大学生の日常

大学生の僕が日々考えてることや、日常で起きたことをダラダラと書いていきます。人生なんかに意味なんかない。今この時を楽しむ。

日本は本当におわってしまった

中国においてけぼりを食らう日本 - Togetterまとめ 中国においてけぼりを食らう日本 - Togetterまとめ

 

もう日本は終わりなのだろうか。

AIの技術の部分でも負けてしまうのか。それではもう本当に日本は終わってしまう。

中国が次の時代は覇権国家となるのだろうなあ。

 

今はアメリカが覇権を握っているが、近い未来AIの技術を使える国が世界の覇権を握ることができる。

日本もそのチャンスがあると言われていたのに、技術の面でも中国には勝てないのか。

 

完全にゆでガエル状態になり、もうゆで上がってしまうのが近いのかもしれない。

 

もう頼むから政治家ちゃんとしてくれ。いらないことでいちいち時間使うなよ。

テレビもごしっぷばっか。

なんか最近すげえ気持ち悪くなってきたんだよ。

なにも考えなくて生活することが幸せだと思うけど、

今の状況やばくてすごく怖いんだよ。

 

 

「13の理由」が衝撃的に面白かった

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3月31日にメールで13の理由がネットフリックスで配信されましたというお知らせが来た。

なんか気になったので見てみるとすぐにドはまりしてしまった。

海外ドラマにハマってしまうともう抜け出せない。

 

13の理由は小説が原作となっていて、

大人気作品でアメリカの新鋭児童書作家アッシャーが2007年に発表し大反響を呼んだ衝撃的なデビュー長編問題作です。25か国に翻訳されている。

日本語でも読むことができる。

 

 

 

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あらすじはハンナという一人の少女が自殺し、そのハンナが残した音声テープが13個残されており、その13個に自殺した理由が語られているという物語。

 

ハンナが残したビデオテープを中心に話が進んでいき、現在と過去と行き来して話は進んでいく、

13人のハンナと関係する友達がどうハンナに影響を与えるのかを見ていって話は進む。

 

話の切り口がビデオテープというのがとても斬新で今までありそうでなかったようなストーリーで、なんといってこの話がとてもリアルだということだ。

だから小説でも大きな衝撃を与えたんだと思う。

この話は今の10代の高校生でも他の若い人でもあり得る話だということだ。

SNSと学校だけが高校生の世界だ。

親の時代にはSNSはなかったが、今の時代はSNSがある。親に理解は難しいかもしれないが、SNSは現実にもろに直結しているんだ。だからSNSも現実なのだ。

これがやっかいな時代だと思う。

学生生活をリアルに描き、ダークにもならずユーモアにもよらず、まったく飽きるほどなく見れる作品だ。

僕が衝撃を受けた作品、ブレイキングバッドに続く作品だと言える。

 

 

 

ここからはネタバレも含め語っていく。

 

ハンナは最初にSNSに恥ずかしい写真を挙げられたというとこから自殺への道が始まった。

恋に、遊びに勉強に、普通に楽しみたい純粋な女の子がだんだんと孤立していき、破滅への道を進んでいってしまうのは見るに堪えられなかった。

最初の一歩はSNSによって引き起こされた。

それによって急にハンナの環境は変わっていく、あだ名をつけられ、いろんなことの歯車がおかしくなっていく。

 

クレイはいつもハンナの近くにいたけども結局は助けることはできなかった。

両想いだったにもかかわらず、あと一歩で結ばれることができたけども、思いは結ばれることはなかった。

ハンナの噂はすぐに周りの人間に伝わり、孤独になっていく。

学校で孤独というのはとても耐えられない。

誰かと話たい、仲良くしたいとパーティ―などに参加するもその場でも悪いことに巻き込まれてしまう。

あまりにもかわいそうで見ていられなかった。

やっぱり最後に助けられるのは親しかいないんだと思う。

親が話を聞いてあげることが一番大切なんだ。

ハンナは最後にカウンセラーに話いったけどもうまく話を聞いてもらえず、自殺に踏み入ってしまう。

 

一番身近にいる親は話を聞いてあげることが必要だと思うが、なかなか子供の変化を感じることは難しく、話てくる機会も少ないと思う。だから日頃から少しでも話す機会を設けることが必要だ。

 

13の理由は若い人も親も見るべき作品だ。

かなり考えさせられる。自殺から学ぶ道徳的な作品だとも言える。

リアルに話が作られており、見るに堪えられないシーンもある。

やっぱそこが素晴らしい。悪いところを包み隠さずリアルに表現すること。

外国のドラマはホントに素晴らしい。日本の保守的な感じはどうにかならないものかと感じてしまう。

 

間違いなくおもしろい作品です。

ぜひ見ていただきたい。

 

 

 

昨日はメガベガスというフェスに行ってきた。

ラスベガスが主催したイベントだ。

 

ラスベガスも好きだが、passcodeサンボマスターを目当てに見に行った。

 

passcodeは聞いたことがある方はわかると思うが、ラスベガスと同じような曲調だ。

4人組のアイドルで、とてもかっこいい。

最近一回だけライブで見たことがあったが度肝を抜かれるほどカッコよかった。

 

かわいいとカッコいいを合わさったpasscode

就職が決まらないまま大学を卒業した

結局就職をしないまま大学を卒業してしまいました。

 

大学はとても楽しいものでした。

人生の夏休みとみんなは言っていましたが、

これからの人生、じゃあなんなの?もう楽しみはなしなの。そんな悲しいこと言わないでと思いました。

 

 

 

 

最後のあがきとして就職エージェントに行きました。

 

そこのエージェントさんに、うちの会社受けてみないとい言われ、

 

言われるがまま受けてみました。

 

 

 

ネオ●●●という会社で、面接では今までの人生を折れ線グラフで表してというもので、

その後に3分でプレゼンするというものでした。

 

自分の中で、もうどこでもいいから会社に入ろうかと思ってせっぱ詰まっていました。

 

面接は合格ということで、次が最終面接で人事のお偉いさんと面接でした。

 

 

 

でも面接に行くことはやめました。

 

 

これからゆっくり見つけていきたいです。

 

 

 

なんでやめたかというと、

 

面接官の人は24社就活で内定をもらっていたそうで、イケイケの人でした。

話している内容はとても納得できるものがあったのですが、なんか思想が強い。

僕の嫌いな感じの奴でした。

 

 

冷静になって考えて、調べてみるとまあ評判が悪い。

イケイケの奴がパンフレットには載っており、社長もイケイケ。

ちょっとついていけない感じでした。

 

冷静になって考えて判断できたからよかったものの

あいつらの熱意にカッコいい、この人たちと働きたいと思う人は多いと思う。

でもなんか嫌い。

 

日本の会社は思想が強いところが多いのかもしれない。

 

冷めている奴が熱い思想の奴についていくのは難しい。

でもほとんどの人が強い思想に侵される可能性がある。

冷静な目を持たなければこれからの社会は生きていくことは難しいだろう。

 

 

 

出会い系で出会った女にどえらいめにあった話。

最近とくにすることもなく。暇を持て余す日々を過ごしており。

外に出るわけでもなく家にいるとモンモンとしてしまいます。

 

性欲はとどまることを知りません。

だけども、女性との出会いが全くというほど最近はありません。

女性と肌を共にしたいときは、だいたい飛田新地に行きます。

 

飛田新地は本当に大好きです。

比較的値段も安いです。

しかし、時間が短い。

 

なので時間が長く、値段も安く、女性の裸を拝める方法はないかと考えた結果、

出会い系をやってみようと考えました。

 

何回か使ったことはありますが、

今の出会い系は割り切りの関係を求める女性が腐るほどいます。

というかほとんど割り切りです。

 

なので、その中からいい子を選らぼうという事です。

 

使っているのは、ハッピーメール、PCMAXです。

どちらがいいということはなく、どちらもほとんど割り切りが多いです。

本当に恋人を探すのに適しているのかはわかりません。

 

 

実際に、前に一度、割り切りで1万円でしてくれるという人がいたので、

やり取りをして会う事になりました。

アイコンに顔写真はなく、メールだけで会う事になったのですが、それが間違いでした。

 

ホテルを指定され、「私が今泊まっているホテルに来てくださいと」言われ、そのホテルに向かいました。

ホテル代もかからないのでいいやと思い行きました。

 

めちゃくちゃ緊張しました。

ラブホテルなんかではなく、駅の近くに結構大きなホテルを指定されました。

 

指定されたホテルの部屋に着きノックをしました。

すると中から本当に女性が出てきました。

 

女性はまあ綺麗系な顔をしていましたが、完全に中国人でした。

 

部屋にとりあえず入り、ベッドの上にどうどうと座り、

 

「お姉さん、日本人じゃないでしょと言うと、」

「そうです」

とはっきり言ってくれました。

「いやだったら帰っていいよ」

と言われたので速攻帰りました。

 

あれはなんだったのか。

絶対あれはやばいなと感じました。

 

 

そんなこともあったのに今回もホテルに部屋を取ってあるというパターンでした。

その人も顔写真がありませんでした。

顔写真がないと、なんか大きな期待をしてしまい、疑うということができないのが人間です。

メールの中では27歳。全くの素人でおっとりしていて、お姉さん系という話でした。

 

しかし。

 

今回もドキドキしながら大阪の駅の近くにあるホテルに行きました。

指定されたホテルの部屋に行き、ノックをしました。

 

ドアを開けるとそこにはまったくのおばさん?ギャル?ジャージ姿の人がいました。

なにか引き込まれるように部屋の中に入ってしまいました。

 

入るとドアのカギをしめられました。

 

あまりにも気持ち悪い姿、顔をしていたので、

 

この前のことがあったので、

「日本人?」と聞いてしまいました。

 

 

「日本人だよ」と言われました。

なんか少しキレているようでした、いらないこと言ってしまいました。

 

もう僕は完全に想像と違っていたので、

 

「ちょっとそれはないわー、無理ですわー」

 

と言いました。

 

しかし、女の人はドアの前をふさいでいます。

 

「帰るわ」と僕が言うと、

 

「お前ふざけんな、キャンセルなしって言ったやろ、もう何時間も待ってんねん」

と態度が豹変しました。

「なにが日本人だ?ふざけんなよガキ。お前自分の顔鏡で見てから言えや、お前もブサイクやろが、」

と言われました。

 

かなり傷つきました。

 

 

その女の人は目が充血していて、血走っていて、今まで映画でしか見たことのないような怖い顔をしていました。

 

もうそれはそれは恐ろしかった。

 

そしてその女の人は携帯を耳に当てていました。

なんでと最初は思いましたが、それは誰かに電話していて、

僕がキャンセルと言うと、

 

「ちょっと●●号室に来て」と電話の人に言っていました。

誰か呼んでる、怖い男の人が来ると思いました。

 

完全にこれはやばいと思いました。

数秒考えました、このまま力ずくでぶっ飛ばしてドアを突破しようか、このまま待ってみようか、

 

 

しかし、狂気的な顔している女です。

なにをするか分かりません。

 

 

もうおとなしくして帰ろゥろ決め、

仕方なく、1万円を渡して帰りました。

 

帰り際キレながら女が「どうすんの抜いて帰るの?」と言いました。

 

「ふざけんな。お前。誰がお前なんかにしてもらうか」と言い帰りました。

 

 

 

ホントに恐怖の体験でした。

 

あの女はホテルまで部屋に男を呼び込んでお金を巻き上げる、ということをしているんだと思います。

 

その裏には怖いお兄さんがいるんだと思います。

 

絶対あの狂気の女とヤルことはどんな男でも無理というような顔、格好していたので、

まんまと引っかかって部屋に入れば脅されて金をとられるだけでしょう。

 

顔が見えないという想像を掻き立てるから、なんだか楽しくてついつい話に乗ってしまいます。

そしてホテルの女が待っている。すごく興奮します。

しかし部屋に入ると終わりです。

 

実際はほとんどが僕が体験したような感じなんだと思います。

 

出会い系で顔写真がない、ホテルの部屋に呼び込む女には注意です。

 

出会い系でも実際に会ってみて判断するのが一番いいです。

なんかあっても逃げれますから。

僕のように部屋の中に閉じ込められたらまじで怖いです。

 

僕の大事な大事な一万円が恐怖の体験と共に消えていきました。

もう最悪です。

初めて田舎から出てきて、怖い体験をしました。

でもこれからの僕のネタになるので良しとしましょう。

 

出会い系は怖いです。

しかし、諦めずに僕はいい子に出会う為に使い続けます。

 

 

AIによって資本主義は破壊され人類のユートピアは誕生するのか?

最近になって人口知能という言葉を耳にすることが多くなった。

ニュースなどでもよく聞く。

将棋やチェスなどで人間が負けるという事も起きているらしい。

 

AIによって人類は破壊されるというような題材の映画も多い。

そこで人口知能とはなにということを調べてみた。

このAIの登場で人類はどう変化するのか?

そもそもAIとはなんなのか?

資本主義は破壊されユートピアが訪れるのか?

見ていきます。

 

この本を参考にしました。

 

 

 

 

 

 

 

そもそもAIとはなんかのか?

AIと聞くと人間の頭脳を越えた天才的な機械というイメージがあると思うが、

二種類AIはある。

 

 

特化型人口知能

現在のみなさんの周りに当たり前のようにあるiPhoneのsiriやチェスに特化したものや

将棋に特化したものなどなにか一つに目的に特化した人工知能です。

 

凡用AI

あらゆる課題や目的に対応でいる。オールラウンドプレイヤー

 

この二つのAIが存在しています。

そして凡用AIが人類を危機に導く存在として見られています。

 

 

2030年に第四次産業革命が起きる。

 

これまでの歴史では様々な産業革命が起こされてきました。

産業革命では新しい技術が誕生しては人類に広まり、定着してきました。

この新しい技術や商品が開発され社会に広く普及するようになるまでには時間がかかります。

この時間、過程のことを経済学の言葉で、「ディフュージョン」と呼ばれています。

最近は、「ディフュージョン」が短くなってきています。

 

最近、ディフュージョンの期間はかなり短くなっており、アメリカで自動車が人口の50%まで普及するのに要した期間は80年以上でしたが、テレビやビデオは30年ほど、携帯電話は10年ほどになっている。ディフュージョンの期間は今後ますます短くなっていく。

 

iPhoneなどはあっという間に世間に広まったように、これから新しく生み出されたものはすぐに人類に広がると言えます。

 

 

 

そして凡用AIによって第四次産業革命が起こされます。

こいつがやっかいなのです。

スマートファクトリという言葉があります。

この意味は自律的に動作するインテリジェントな生産システムという意味です。

機械が自ら学習し、機械同士や機械と部品に対して動作します。

それによって人は必要となくなり、機械だけで十分となり、大半の人が仕事を奪われてしまうのです。

そして革命が起きます。

 

凡用目的技術によって第四次産業革命が起きます。

この候補は、AIや「モノのインターネット」や3Dプリンターなどが挙げられます。

これらの技術を使いこなせる国が次にやってくる世界の覇者になることができます。

現代の世界の覇者はアメリカです。

内燃機関、電気モーター、コンピューター、インターネットを成功させ、世界の覇者であり続けています。

アメリカに染められた世界から次の世界はどこの国にも覇権を握れるかの競争が始まるのです。

だから日本も間違いなくチャンスがあり、可能性があります。

 

AIなどの技術を軍事利用しようとしているアメリカや中国に対し、日本のような平和国家が第四次産業革命で優位に立つことは、世界にとって望ましいことであるかもしれません

 

 

 

AIに仕事を奪われない職種はなにか?

 

凡用AIによって人間は様々な職業が奪われるといわれています。

2045年頃には人間にしかできない仕事はかなり少なくなります。

 

経済構造の抜本的な変革というのは、凡用AIが平均的な人間の成し得る仕事の大部分を奪ってしまうことから生じます

 

 

経済構造が変わる中で機会に奪われにくい仕事は、

クリエイティブ系

マネージメント系

ホスピタリティ系

 

しかし,このような仕事についている人でも平均的な能力を持っている人は生き残ることはできません。

圧倒的な能力を持つ特別な人間だけがこの世界では生き残ることができます。

 

機械が人々の雇用を順調に奪っていくと、今から30年後の2045年くらいには、全人口の1割ほどしか労働していない社会になっているかもしれません

 

この1割とは能力があり、自分の働きで生活できる人のことです。

スペシャリスト以外はお金を得ることが難しくなります。

 

純粋機械化経済

 

2045年には純粋機械化経済が起こると予想されます。

 

1割ほどの創造的な人、ホスピタリティが高い特別な人間は機械との競争を繰り広げることができます。

しかし、他の人間は機械との競争に負けてしまうことになります。

 

凡用AIが出現してしばらくした後に、労働者の多くが雇用されず、汎用AIロボットが生産活動に全面的に導入されるような経済が到来する可能性があります。そのような経済を「純粋機械化経済」と呼ぶことにしましょう

 

資本主義とは「機械化経済」とも言えます。

 

「労働」と「機械」が協同して生産活動をしています。

つまり、人間と機械の二つによって生産活動をしています

 

しかし、「純粋機械化経済」では、人間の力は必要ではなく、AIやロボットなどによって生産活動を行います。

 

だから、人間は必要ではなくなります。

そして、資本家だけがたらふくお金を頂くことができます。

 

資本主義社会では、労働者は働けばお金をもらうができましたが、

機械だけに働かせればいいので、資本家は機械にお金を投入するだけでいいのです。

働きたくても働けないそんな世界が来るのかもしれません。

 

資本主義が破壊されるストーリー

 

お金を持っている資本家が機械だけを使うことができ、人間は必要ではなく、

儲けたお金は人件費にかけなくてもよく、機械にだけ設備投資すればいいのです。

お金を稼ぐ手段を持っていない労働者はもう生き残ることはできません。

 

かつてマルクスエンゲルスは、労働者階級が革命によって資本家階級に勝利することで、資本主義が終焉するという未来を展望しましたが、このままいくとそれとは逆のことが起きます。労働者階級は賃金が得られなくなることにより消滅し、資本家階級が全てを手にすることで資本主義が終焉します。

 

なんてことだろう。

資本家だけが生き残る世界とは。

 

だから、人口知能にはベーシックインカムが必要になるのです

 

純粋機械化経済が訪れることによって労働者は必要ではなくなります。

機械を操れるものだけが生きることができる世界です。

 

さて、労働者はどうすればいいのでしょうか?

資本家だけがお金を得ることができ、多数の労働者が生活することが難しくなります。

そんな世界にはベーシックインカムが必要になります。

 

ベーシックインカムとは?

国から全国民が富裕層や、労働者、子供、関係なくもらえるお金です。

家族が4人いれば全員1人ずつもらうことができます。

生活保護のように様々な条件を調査してもらえるお金ではありません。

 

このベーシックインカムが行われることによって人は働かなくなるなど言われるが、労働が不要の世界になっているからこそ必要なのです。

 

未来の社会で大半の労働者の窮乏化という事態に対処するために、生活保護のような既存の制度を拡充した場合、今よりも遥かに多くの人々が飢えに瀕するとともに、多くの人が不当な利益を得るようになるものと予想されます。

 

みんな失業者のような世界だからこそベーシックインカムが必要なのです。

このように、AIが労働を奪ったのならば、大きな制度の変革が必要になるのです。

 

 

まとめ 資本主義の次の世界はユートピアなのか。

 

現代の世界はほとんど人が時間を奪われ、労働に囚われてしまっています。

お金というのは腐ることもなく、無限に貯めることができます。

 

人間の欲望に結びつき、人間たちは時間を切り売りお金をもらい、欲望にお金をつぎ込みます。

今を生きるというのは難しく、常に楽しみは未来に見えています。

 

自分が欲しかった未来の為に今を削りとった時間は戻ってはきません。

そして訪れた未来はすぐに過去のものになり、また未来の為に今の時間がなくなります。

 

果たして人間は今を生きているのでしょうか。

未来に目を向けすぎたせいで現代はいろんなものが排除されてきたように思います。

ムダだというものは本当にそうでしょうか。

ムダと誰かが決めつけ、メディアが決めつけ、なんだか生きづらい世界になっています。

人間が今を楽しめる世界。

時間を取り戻した世界。

本当の人間の生活をすることができる世界。

 

AIによって人間にとっての本当のユートピアが訪れることを願いたい。

 

 

 

 

 

日本人にとって幸福とはなんだろうか

 

 

 

 

 

 

 

人間の幸せ。

それは時代によってころころ変わる。

 

昔の人は、今の時代の人から見ればつまんねえ生活してるなと思うかもしれないが、

昔はそれでいて幸福に生活していたのだ。

もしくは現代人より幸福だったのかもしれない。

 

人間の幸福は環境や時代によって変わる。

しかしよく幸福とはわからない。

ベストセラーになっている、ホモサピエンス全史を書いたハラリ市は、これまでの人類の中で個人の幸福を求めた時代はなかったと言っている。

 

なぜなのか、それは

歴史は常に国のため、お金の為に人々は犠牲を払われてきたからだと思う。

 

これまで人々は個人の為の幸福を考える時間は少なかった。

現代に入り少しづつ個人の幸福を考える時間を得ることができた。

しかし急にできた時間に人々は持て余している。

 

日本人にとっての幸せはどのように変化してきたのか見ていき、これからの時代の個人の幸福を考えてみたい。

 

 

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日本の近現代に作られた思想。

 

戦争に負けてから新たな日本は作られた。

戦後の日本は農村からたくさんの人が都市への移動とともに展開してきた。

農村を離れ、都市へ仕事を求める人であふれた。

その農村の人が日本の基盤を作ってきた。

だが都市にあふれた農村から出てきた人は頼れる存在が身近にいなかった。

その頼れる存在をになってきたのが企業の役割だった。

 

それはひとつのイメージを日本の社会に定着させることになる。

そのひとつは企業の発展なしには豊かさも自由な暮らしも実現しないというイメージである。

このイメージが、経済発展と企業の発展をなによりも大事なものと考える精神の習慣を作り出した。

 

企業なしには自分は幸せにはなれない、企業ありきの幸せという考えがここに生まれた。

この思想が大きな力を発揮して成長できたのが60年代という時代であった。

 

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60年代の日本。

 

近代とはなんぞやと思われる方もいるだろう、

近代の特徴には国民の形成というのが根本にある。

国民とはなんだろうか。日本人とはなんなのか。

 

それはイメージである。

これといった答えはなく、ただなんとなくなイメージしかないのである。

 

この国民の形成をめぐる動きが、近代という時代を作りだす出発点だったのではないかと考えている。

なぜならそれは国民という個人の形成であり国民という「人々」の発生だったからである。

ひとまとめにされ、数量化された個人が「人々」として登場してくる時代が、ここから築かれはじめたのである。

 

この国民というイメージを作る活動が近代を動き出す源になっているのだ。

例えば、戦争、本、新聞、テレビ、cm、メディアの力が大きく影響している。

そしてイメージに覆われながら国民が熱狂し、幸福を感じれていた時代は60年代までだった。

 

皮肉なことに、日本は60年代に最大限に国力を拡大し、まさにそのことゆえに、70年代にはいると国家として華麗に動く余地を失うことになった。
そして、そのことの最大の意味は、国家が国民にとって面白い存在ではなくなり、日々の生活に刺激をあたえ、個人の人生を励ましてくれる劇的な存在ではなくなった。

 

 

60年代に日本はなにが起こっていたのか。

60年は高度経済成長期に当たる。

経済も大きく成長しながら、

カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機の3種の神器が普及し、東京オリンピック、新幹線開通、ビートルズ来日、学生運動

このように国民が熱狂する出来事が起こっていた。

国民は日々成長する国を眺め、新しく起きる出来事に心躍らされていた。

そこには個人の幸福なんて考えなくてもいい。日々生活していれば楽しいことが勝手に起きる、そんな熱狂の時代が日本の60年代だった。

 

よきにつけあしきにつけ、

日本人は自分の人生上の問題を国民共通の事件として受け止め、

国家的に普遍的な現象として理解する習慣を身につけたのである。

 

日本人の根底にはこのような国民の考えが存在するのだ。

日本に起きる事が自分事であり、それがすべてだった。

 

 

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日本がおもしろい存在ではなくなった 

 

熱狂の60年代を経て、70年代に入ると日本は国民にとっておもしろい存在ではなくなった。

そこから日本人の幸福感の迷走が始まったのである。

 

周囲におもしろいものがあり、個人の人生も支えてもらった国という存在が力を失った。

そこから自分とはなんだろうという考えに人々は襲われ、不安感が覆っていた。

 

結局、明らかになるのは、誰もが気づかっているのは世間という顔のない他人であり、流行という無署名の没人格的な呼びかけだ、ということである

 

周囲に踊らされた時代から、熱狂がさめた後に残されたのは空虚である。

気づいてしまったのだ、結局世間なんてなんでもないと。

しかしだ、個人の幸せなんて考えたこともなかったのに、そんなの無理だと。

だから世間、周囲にしがみつく生き方をした方がマシだと。

まだ日本の根本には国がどうにかしてくれる。そんな考えが残っている。

世間に踊らされ、流行におどらさられる。流される人生。

 

 

 個人とはなんなのだろうか?

 

これからの個人の時代の幸福を考える上で大切になるのが他者との関わりである。

個人はあるかないかなど色々これまで人々は考えてきたが、

結局個人というのは他者との関わりの中でしかないんだと思う。

永い人生の中誰でも一度は自分とはなにか考える。
しかし考えても考えても答えは出てこない。
哲学者の岩田靖夫は次のように言っている。

 

人生の意味、すなわち、生きる喜びとは、他者との交わりであるということだ。「生きる」とは「他者とかかわっている」ということなのである。
他者を愛すること、他者から愛されること、他者を助けること、他者から助けられること、それが人間の喜びである。

 

他者はよくわからない存在だ。

自分では完全に認識することは難しい。

自分という存在がよくわからないのに、他人のことを理解することなどできるはずもない。

だからこそなんだ。

人に感謝される、喜ばれる、楽しませる。

全くよくわからないものから反応を受けることこれに大きな喜びを受けるのが人間なのである。

認識できないからこそ面白い。

また次のようにも言っています。

 

知らないものをしるということは冒険であり、未知の世界の拡大ではある。

しかし、どれほど認識された世界が拡大しても、存在者は意識によって把握されたものである。
すでに、鋳造された世界が拡大しても、存在者は意識によって把握されたものである。
だが、他者は私がどうしても認識できない者として、

すなわち、私の意識のうちに取り込まれえないものとして現れる。

なぜなら、もしも私の意識のうちに取り込まれたならば、それは私によって同化され消化されたものとして、他者ではありえないからである。

 

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まとめ

自分にとって幸せとはなにかそのようなことを考えるきりがない、禅問答に入り込んでしまう。

たぶん人間なんていうのはもっとシンプルな動物である。

人間は環境の動物だと誰かは言ったが、大きく人間は環境に影響される。

だから個人なんていう考えはないのかもしれない。

これからの時代は個人がいろんなことを選び取れることができる時代だと思う。

だからこそしっかり自分の幸せはなにか考えなければならない。

 

 

 

 

引用

新幸福論 内山 節

極限の事態と人間の生の意味 岩田 靖夫

柔らかい個人主義の誕生 山崎 正和